私が着物が大好きで、長いこと着物ぐらしをしておりますことを御存じの方から、”初めて作る着物” について聞かれることがございます。
着物を一枚作りたいが、どんな着物を選んだら良いのか。
これに、私なりの意見をお伝えするには、どうしてもお尋ねしたいことがあります。
なぜ、着物を作ろうと思ったのですか?
具体的に着て行きたい場所がありますか?
そうなのです。着物には、決まりごとのようなものが色々あって、自ずと、その場にふさわしい着物と、不釣り合いな着物とが出来てしまいます。
目的がはっきりしているとお答えしやすいのですが、そうでない場合は難しいです。
これまでにお尋ねがあった例を挙げてみます。
<1> お子様の入学式や卒業式のお付き添いのため
この場合は、色留、または訪問着、または色無地一つ紋 でしょう。
① 色留
色留は、ミセスの第一礼装ですから、卒入学式のお付き添いに、これ以上のものはありません。
ちなみに、黒留の方が格が上とお考えの方もいらっしゃいますが、色留も黒留も同格です。
紋の数が重要で、五つ紋、三つ紋、一つ紋とありますが、数が多いほど格上です。
結婚式の花嫁花婿のお母様の場合は、お客様をお迎えする立場、ご両家の統一感、花嫁の衣装の色を引き立てるなどを考えますと、黒留が良いように思いますが、ご親戚として、またはご友人としてのご出席でしたら色留は華やかで素敵です。
紋は、数だけではなく、染め抜き紋か縫い紋かも重要です。
染め抜き紋というのは、紋の形に地色を白く染め抜いて、そこに紋を描くもので、縫い紋よりも格は上です。
縫い紋は紋を刺繍したものです。
卒入学式のお付き添いでしたら、染め抜き紋の一つ紋で十分だと思います。
紋入れにもお金が掛かります。多ければ多いほど。
② 訪問着
色留よりも格は落ちますが。卒入学式のお付き添いでしたら、お母様もまだお若いのですから華やかに訪問着でもよろしいかと思います。
せっかく作るのだから別の機会でもお召しになりたいという場合、それが結婚式でしたら、だんぜん色留をお勧めします (訪問着でも結婚式に出席できます) が、観劇やお食事会、お茶会にお客様として出かける時などでしたら訪問着が良いかと思います。
③ 色無地一つ紋
卒入学式にお召しになる場合、この紋は染め抜き紋が良いと思います。
格のこともありますが、縫い紋は目立ちません。それだけにお洒落な感じはありますが、近くでじっと見て、”あらっ紋が入ってたのね” という感じなので、お式に出席なさるなら、はっきりとわかる染め抜き紋をお勧めします。
実に細かい柄が染め抜かれている江戸小紋も色無地と同じ扱いになります。
江戸小紋はその柄によっても格が変わります。”霰”や”鮫”といった昔ながらの染が格が上とされています。
色無地は地紋が凝ったものが色々ございます。色だけでなく地紋もよくご覧になってお決め下さい。
昔は、後に染め替えることも考えて、はじめは淡い色を選びました。
卒入学式でしたら春らしいお色がいいですね。
<2> お嬢様のお嫁入道具としてお着物を一枚持たせたい場合
これも迷うところですが、私に娘がいるとしたら色留を作ります。
この先、嫁入り先で着物が必要になる時を想像してみますと、お相手の御兄弟をはじめ、その他の御親戚の結婚式への出席、お宮参りに七五三、入学式に卒業式などが想像されます。それには色留がふさわしいと思います。
その他の着る機会を考えますと、<1>②の訪問着のところで、観劇には訪問着が良いとお勧めしましたが、色留でお出かけになっても問題はありません。むしろお正月の歌舞伎鑑賞などには色留がピッタリです。
着物の格とかT.P.Oとかは、失礼にならないようにとの心配りです。
第一礼装のものを普段に着ても失礼にはならないのです。
先様にも失礼にならず、しかも、花嫁道具として、ちゃんとしたものを用意した感があるのは、やはり色留だと思います。
ここで、問題になるのが家紋です。現代は、あまりこだわらずに、好きなデザインを選んで、どれを付けても良いなどとも聞きますが、私は、代々伝えられた家紋ですので大切にしたいと考えております。
以前は、実家でこしらえたものには実家の家紋、嫁いで後には嫁ぎ先の家紋を付けたなどと聞きます。
実際、祖母の着物には祖母の実家の家紋が入っており、女紋などと呼ばれていました。
私でしたら、先様に、お尋ねして、そちらの家紋を入れて持たせます。
その方が感じがいいと思いますし、”幾久しくよろしくお願い致します” という気持ちも汲くんで頂けるのではないかと思うのです。
もちろん格の高い染め抜き紋で、紋の数は1つで良いかなと思います。
<3> お茶を習い始めたので作りたい場合
1 お稽古用
お稽古のための着物でしたら、汚れを心配することもない洗える着物の、お好きな柄を選ばれたら良いと思います。それを着てお稽古に行くのが楽しみになるようなお気に入りの柄を選んで下さい。
歩いて通えるようなお稽古場でしたら、初めは、一年中、単衣の着物でも、所作を身に着けるためと割り切れば、それでもよろしいかと思います。次は、初釜用の着物を用意したいということにもなるでしょうから、必要な物から揃えれば良いのです。
せっかくお茶を習うのだから、着物の決まりなども覚えていきたいと思われるのであれば、着物には衣替えがございますので、袷、単衣、薄物と、着る時期によって3枚は必要になります。お稽古を始めた時期の物から揃えていくことになると思いますが、着る時期が長いのは袷の 10月~5月 です。
単衣は 6月と9月。薄物は 7月と8月 。薄物を一枚選ぶのでしたら 絽 です。
夏は、浴衣でも良いと思います。ほとんどの方が洋服でお稽古なさる中、先生はその熱意を汲んで下さいます。
2 お茶会や初釜のための着物
① 無難なのは色無地です。
一つ紋を入れておけば、お客様として、また、お点前さん、お運びさん、半東さんにでもふさわしい装いになります。
色無地は帯が目立ちます。普通に考えれば、訪問着よりはお安く求めることが出来ますので、その分を帯に回すということも出来ます。
色無地は、とても上品です。控えめで、知的な感じさえ致します。
次の②の訪問着と共通して言えることとして、先生が御席主で、そのお手伝いがある場合は、お水屋着を着ていても汚れる場合があります。生地としては、水に弱い縮緬などは、悲しいほど縮んでしまうので避けた方が良いと思います。
② 訪問着
私は訪問着派です。
色無地は、たしかに上品なのですが、華やかさで訪問着に負けてしまいます。
お茶会では、色留や訪問着の方もいらっしゃいます。そんな中で柄のない色無地は、私は淋しいです。
先生のお初釜に伺ったり、お客さまとしてお茶会に参加するのでしたら訪問着をお勧め致します。
お茶会は、春と秋に多く開かれるので、季節を選ばない古典的な柄が良いと思います。また、お茶席ということを意識してあまり派手なものはお勧めできません。
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最後に
私が、母に作ってもらっていた頃は、着物はとても高価なものでした。
元々、母が着物が好きで、幼い頃から私に着せていたので、私も着物好きになりました。そんな私に、母は頑張ってたくさんの着物を作ってくれました。
今は、インターネットなどで、人様が手放した物とはいえ、まだ、しつけの付いた着物が、驚くほどお安く売られています。1/10いえ1/20の価格になってしまう物もあるようで、少し悲しくなります。
仕立てた方の寸法になっていますので、買う場合は注意が必要ですが、着物入門編として、それを利用しても良いと思います。
私のように着物が大好きになりますと、着物で季節を楽しみたくなります。
桜の時期にだけ袖を通す、桜の柄の着物に心ひかれます。菖蒲(あやめ)や萩の季節にその柄の着物や帯を身に着けるのが、とても楽しみです。
そんな着物ぐらしをしておりますと、意外に季節を選ばない着物は出番が少なくなります。
ですので、初めて一枚作る着物へのお尋ねにも、2枚目、3枚目を作る予定があるのでしたら、私のお勧めも、また少し変わって参ります。
今回は、着物を着る機会があまり無い方のことを考えて、私の思うところをお伝えしました。