あとあと聞いて、ああ、そうだったのぉ~ってことがあります。
特に子どもの自分が感じていたことと、真実は少し違っているようです。
母とお酒を飲んでいると、昔の話になることがあります。
山で遭難という突然の事故で父は亡くなりました。
私が生後半年のことです。
母は復籍して、私を連れて実家に戻り、色々あって、、、
私は、祖父母と、叔母と、叔父と、群馬の山間部で暮らし、母は東京で働くことになりました。
そして、祖父が亡くなり、
叔母が嫁いで行きました。
やがて、祖母が亡くなりました。
叔父と私の二人だけになりました。
今、思うと、まだ幼稚園に通っていた幼い私を、当時20代前半だった叔父がよく育ててくれたと思います。
母の実家は、物心が付いた時から住んでいた自分の家だったので、わがままいっぱいで何の遠慮もなく過ごしておりました。
ある日、母が乗っていたタクシーが交通事故に合いました。
私のランドセルを買いに行った帰りのことでした。
生死を彷徨った母。
気が付いた時は、ろれつが回らず、しゃべることも出来なかったそうです。
絶対安静と言われた母がしたこと。
這うようにして、私の父方の祖父母に電話をかけた。
まだ、携帯電話など無かったころのことです。
あとで、お医者様には
死にたいのかって叱られたそうです。
母にしてみれば、このまま自分がどうなるか解からない中で、
私の事を、父の実家に頼みたかったのだそうです。
さて、群馬の山間部で元気に幼稚園に通っていた私。
ただ、約束した日にランドセルが来ないのを心配していました。
もうすぐ入学式なのにどうしよう。
母を心配するには幼過ぎた私です。
父が亡くなって、母と私に何の援助もしてくれなかった父方の祖父母ではありましたが、さすがに母の切羽詰まった電話で私に会いに来てくれました。
父方の方でも、色々と相談した結果、まだ子供に恵まれていなかった父の下の下の弟、父は長男でしたので、四男が、私を引き取ると言ってくれたそうです。
その叔父と祖母で、私を迎えに来たのです。
その時のことは、覚えています。
顔さえ見たことの無いお祖母さんと、父の弟だと名乗るおじさんが突然現れました。
でも、なんか、とても優しくしてくれて、私は膝に抱かれたりして、甘えていました。
すっかり気を許した私に
”叔父さんの子になるかぁ~いっしょに前橋にいくかぁ~”
私にしてみれば、ビックリですよ。
いえいえ、そんなつもりはありませんよ!
何言ってんの!
慌てて膝から降りて、拒否。
”私がいなくなっちゃったら、おじちゃんが一人になっちゃうから行かない”
キッパリ言い放ったあと、ギャン泣きした記憶があります。
子どもですよね。
二十歳そこそこの母方の叔父とって、私はお荷物だったはずなのに、、、
皆が、私が居たのでは、叔父にお嫁さんが来ないのじゃないかとか心配しているというのに、、、
そんな事情は、全くわかりませんでした。
で、その母方の叔父ですが、
父方の祖母と叔父が私に話をする間、家を空けていたそうです。
ゆっくり話せるようにと気を使ったんですね。
その時の、叔父の気持ちをずっと後になって、母から聞いております。
なんと!
私が断って、嬉しかったのだそうです。
農家の他にも仕事を持っていた叔父です。
帰宅すると、薄暗い中で、一人テレビを見ている私。
電気のスイッチに手が届かなかったのですね。
何もしてあげられないのに、
おじちゃんが一人になるから行かないって言ってくれて、嬉しかったと、泣いていたそうです。
今でも、いろいろと、私と母を気遣ってくれる優しい叔父です。