母と私の着物ぐらし

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仲居さん日記54

3か月ほど前でしょうか、白い杖を使われる女性のお客様がご来店下さいました。

 

私は、別のテーブルのお客様の配膳をしておりましたので、黒服さんが対応。

お客様は

”メニューも見えないので、説明して下さい” と、おっしゃっています。

 

”で、それはおいくらですか?”

 

気持ちの良いくらい、ハキハキと質問されています。

 

お強くて、素敵な方だなと、遠くから感じておりました。

 

ポピーのイラスト(花)ポピーのイラスト(花)ポピーのイラスト(花)

 

お造りは私がお持ちしました。

 

”手前に、お醤油皿を置かせて頂きます”

 

”はい。ありがとう”

 

笑顔です。私より少しお若いでしょうか。

 

”お刺身ですが、12時にマグロ。3時にカンパチ。9時にタイ。手前にワサビや妻が乗ってございます”

 

     

 

家の母もかなり見えないので、お刺身の醤油皿にワサビを乗せてあげる時は

”12時にワサビあるよ”

とか言うので、とっさにそのように申しました。

 

”ありがとう。時計で言って下さると、わかりやすいです”

と、笑顔。

 

わかりやすいと言って頂けたのがとても嬉しかったです。

 

天ぷらとお食事をお運びして、お味噌汁の蓋は失礼して開けさせて頂きましたが、あとは、何の気も使えず、ただ、

”この後、デザートもございますので、ごゆっっくりお召し上がりください”

とだけ言って下がろうとしました。

 

と、その時にお客様のマスクが床に落ちているのを見つけました。

 

お食事中に、マスクをそのままテーブルの上に置いたままになさる方

何かに挟んでテーブルに置かれる方

バックに仕舞われる方

様々です。

 

そのお客様は、隣の椅子においたウエストポーチの上にマスクを置いていたようなのですが、そこから滑り落ちてしまったようです。

 

”マスクが落ちています” と、拾いますと、

 

”ああ、ありがとうございます” と、手を出されました。

 

いえいえ、このままお返しできませんよね。

だって、目がご不自由だから、上手くバックにのせることができなかった訳ですし、落ちたときにも気づくことが出来なかったのです。

いつから落ちていたのか、、、

 

マスクに3秒ルールは効かないまでも、長く床に接していればいるほど、ばい菌が付くような気がします。

 

”アルコールをシュシュッとして参ります”

 

ところが、あろうことか、その瞬間に、

私、マスクを落としました。

 

痛恨のミス。

 

”大変申し訳ありません。念入りに消毒して参ります”

 

そして

アルコールで、かなりしっとりとしたマスクをお返しに行きました。

 

お酒に強い私でも、アルコールをスプレーしたばかりのマスクをかけるとツンとします。

 

”アルコールが飛ぶまで、ゆっくり召し上がって下さいませ”

 

 

お帰りには、

”美味しかったです。また、来ますね。このビルに入っているクリニックに通っているんです”

と、おっしゃって下さいました。

 

 

その後

 

本当によくいらして下さいます。

お一人で

お友達と

そして、御主人様と

 

そうなんです。

お目の不自由なそのお客様は、ご結婚されて、お子様にも恵まれていらっしゃいます。

 

お二人でお来店下さった時、とても仲の良さそうなご様子に、これはただならぬご関係(この言い方変ですか?)と、ピン!ときたのですが、恋人同士かな?って思ったのです。

 

初々しい感じもありましたし、男性の方の気使いが素晴らしかったのです。

 

ところが、お席にご挨拶に参りましたら

”主人です”

と、ご紹介下さいました。

 

見るからにお優しそうなご主人様です。

ご結婚されていることに、少し驚きましたが、とても嬉しい気持ちになりました。

 

でも後になって考えました。

結婚なさっているとは、全く思わなかった私って

それって

差別に近い物でしょうか。

私の中に目の不自由な方は結婚は難しいという、イヤな考えがあったのでしょうか。

 

 

あったように思います。

 

これは恥ずかしいことです。

粗忽な自分を甘く許すのとは違います。

 

このお客様と巡り会ったことにも、大きな意味があったということです。

 

お客様は全盲ではありません。

鼻に着くようになさってスマホも使われます。

 

でも、せっかくの展望が自慢のお店ですが、外の景色は全く見えないそうです。

川らしきもの、緑らしきもの、それすら感じることが出来ないそうです。

 

思わず

”ご不便ですね” と言ってしまったのですが

 

”いえ、別に不便なことはありませんよ” とのお返事でした。

 

そうですよね。

見えないことがこの方には日常で、普通で、

見えない!見えない!見えない!と嘆いても意味がないことですし

全てを受け入れて、生活なさっていらっしゃる。

 

それを、見えない大変さを知らない私が、簡単に不便などと言ってしまって恥ずかしいです。

 

本当に、この方には色々と教えて頂きます。

 

ある日のこと

”今日は病院でしたか?”

と、お訪ねすると

 

”やだ、違うわ。わざわざ来たのよ。お姉さんに会いに”

 

これだけご来店下さるのですから、嫌われてはいないと思ってはおりましたが、あまりにストレートな言葉に、上手くお返事が出来ませんでした。

 

”でも、今日は、バスのアナウンスが良く聞こえなくて、乗り過ぎてしまったの。

今日の運転手さんは聞きづらかったのよね”

 

この時、初めて伺いましたが、このお客様は、聴力にも障害をお持ちなのだそうです。

これまで気づきませんでしたが、ごく小さな補聴器を付けていらっしゃいます。

 

目の方は、不自由は無いとおっしゃったお客様ですが、聞こえないのは不便だそうです。

 

 

先日も、ご主人様とご来店下さいました。

私の着物を涼しそうに見えるとおっしゃってくださったので、お傍に行って、着物を触って頂きました。

 

”生地が薄いので、比較的涼しいです。夏は涼しそうと言って頂けるのが何より嬉しいです”

お客様は私の袖に触れられて、

”ああ、そうね。薄いわね”

と、笑って下さいました。

 

またのご来店をお待ちしています。