先日、和室をご利用のお客様が、廊下まで出ていらして、”あの、これ” と、丸めたティシュを私に差し出されました。
ゴミを捨てて欲しいのかと思いきや、
”お部屋に蜘蛛が居たので捕まえました”
ーーーえええええ!!!
”申し訳ございません”
ーーーやだわ。ご不快でしたでしょう。でも、21階のここになんで蜘蛛!
”あのぉ、殺したりしていませんので”
ーーーわかるわぁ。蜘蛛って殺せませんよね。
とにかく、それを受け取って、さらにティシュにくるみ(ふんわり)、ゴミ箱の下の方に入れました。
ーーーここから、脱出できるかどうかはあなた(蜘蛛)の努力次第。
ーーーでも、逃げ出して、他の人に見つかっても私は知りませんよ。
私は、虫も殺さないというタイプではありません。
蚊を見つければ、パチッと叩きます。
でも、蜘蛛の場合は、早くどこかへ行ってと祈るだけで放っておきます。
極悪非道の男が、当然、地獄へ落ちるわけですが、そこにお釈迦様が蜘蛛の糸を垂らして下さる。それは、その男が蜘蛛を助けたことがあるからという、あの有名な短編です。
あの時、蜘蛛の糸が切れるのを心配して、続く人を足蹴にしてしまった男ですが、”さあ、みんなでこの糸にすがって極楽へ行こう!” と他の人のことも思いやれたら、あの糸は切れなかったのかもしれません。
何で見たかも覚えていないのですが、極楽図と地獄図が描かれていて、どちらもご馳走がたくさん乗っている丸テーブルを人が囲んでいます。
違うのは、極楽は楽しそうで、皆さんがふっくらとしています。
地獄はと言いますと、あばら骨が見えるほど痩せておそろしい形相です。
ここでの重要アイテムは、長いなが~いお箸です。
極楽では、その長いお箸で、向かい側の人に ”どうぞ” と、食べさせてあげる。
また反対側の人も、”あなたも、どうぞ” とするので、全員が満腹です。
一方、地獄では、我先に食べようとするので、長い箸がぶつかって誰も食べることが出来ません。
目の前に美味しそうな料理がたくさんあって、空腹なのに食べられないのです。
私が、万が一地獄へ落ちてしまったときは、このノウハウを皆に伝えなければ!と思っています。
蜘蛛の話に戻します。
その後、そのお部屋にお料理をお運びして、蜘蛛が出現してご不快だったことをお詫びし、ほぼ同年代のお客様と ”やはり、芥川龍之介でございますね” と、蜘蛛に対する気持ちを共有致しました。
少し、先輩格のお客様が、”昼の蜘蛛は殺してはいけないって言うわよ” とおっしゃいました。
そういえば、私も聞いたことがございます。
蜘蛛は巣を張ったり、迷惑な反面、害虫を退治してくれるので、そんな風に言われるのだそうです。