雨降りは憂鬱なことが多いです。
出かければ衣服が濡れますし、洗濯物も乾きません。
でも、雨が降らなければ困ることを誰もが知っています。
雨の風情を感じつつ暮らしていけたら、梅雨も、そう悪くはないはずです。
お茶事の趣向に思いを巡らせるということは、その季節を心から感じるということです。
梅雨の時期をも楽しむには、梅雨をテーマにお茶事をするのが一番(少なくても私にとりましては)です。
禅語によく使われる文字があります。
一、雲、花、山、水、風 などでしょうか。
梅雨の最中のお茶事です。お道具の柱であるお軸には、<雨>の文字が欲しかったので、<雨>を求めてお茶道具屋さんを回りました。
結局<雨>には出会えず、本の中で見つけたのが、
一雨潤千山 (イチウセンザンヲウルオス)
一滴の雨が、千もの山々を潤していく という意味です。
この雨、わが身を濡らしていくだけではなく、周りのあらゆる物を、いっさい区別することなく、ゆったりと潤していきます。
何の差別もなく、全ての物に等しく恵みの雨が降り注いでいるということです。
すぐれた仏法を慈雨にたとえている言葉なのだそうです。
でも、これだけで終わらないのが禅語です。
全てを平等に潤したとしても、それぞれの草木によって差が出来るというのです。
<一雨所潤、而諸草木各差別>
つまりは、自分次第ということなのですね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
このお軸は、書いて頂くことになりました。
自分で選んだ言葉をお願いして書いて頂いたのは、初めてのことでしたので、このお軸には特別な思いがございます。
ちなみに<雨>を求めておりましたときに
雨洗風磨(アメニアライカゼニミガク)という言葉にも接しました。
風雨にさらされつつ、厳しい修行を積むという意味で、<刻苦する>と表現されていて、厳しさがストレートに伝わります。