母と私の着物ぐらし

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忘れられないお客様Aさん~お父さんと呼んでくれ!

母と私は、新橋でカラオケのあるお店を長くしておりました。

(1980年9月 開店  2017年1月 母が乳癌のため廃業)

 

Aさんにはお子さんがいらっしゃいませんでした。

初めてお会いした当時、私も可愛い盛りの女子大生でしたので、それはそれは可愛がって頂きました。

 

女の子は靴を欲しがるもの!と思っていらして、ある日、靴を買いに行こう!と高島屋で待ち合わせをしました。

 

私は、それまで近所の靴屋さんで予算と相談しながら選んでおりました。

デパートで靴を買ったことがありません。

 

ーーービックリ!高い!

 

”好きなものを選んでいいよ。どれでも買ってあげるよ。”

 

ーーーそうね。せっかくだから、遠慮するのも失礼だし、、、

ーーーおリボンが付いているのがいいな♡

ーーー赤も可愛いけど、やっぱ白かな、、、

ーーーええと、ええと、迷うわぁ~~~

 

数十年前のことですのに覚えています。

白のメッシュで、サイドにおリボンの付いているペタンコの靴を買ってもらいました。

(私は断然ペタンコ派です)

 

買ってあげる方としては、カッコいいヒールの靴を選んでほしかったようで、

            ハイヒールのイラスト(靴)

”えっ!それ?” と。

 

加えて、私があれこれと悩んで時間を取ったので、待ちくたびれたようでした。

 

 

それにもめげずに、Aさんは、今度は、”何か欲しいものはないか?” と。

多分、私が欲しいものであれば、それほど時間を取らないと思ったようです。

 

当時の私の最重要課題として、バストを綺麗に大きく成長させる!というのがありました。

母はとても豊満ですのに、私は伯母に似たのか、はたまた父に似たのかという残念な状態です。

良いブラジャーを着けなければっ!

 

欲しかったのは、ワコールのフロントホック。

学生の私には高級品です。

 

そして、Aさんと高島屋へ。

婦人の下着売り場のディスプレイに、目のやり場に困ったAさんは、少し離れた場所に待機することになりました。

でも、今回は欲しい製品がハッキリしているのだから、時間はかからないはず、と思っていたと思います。

 

ところが、ベテランの売り子さんが、装着の仕方とか、とても丁寧に教えて下さいました。

 

ご紹介いたしますと

 

前こごみになってフォックを留める。

重力を利用して、胸をカップに納めるのですね。

 

背中の方のお肉を両手で寄せてきて、カップに入れ込む。

”お嬢様、失礼致します。ここもお胸になるのでございますよ。”

(サササササァ~)

(プクッ)

ーーーおおお、いいかも。

 

再び待ちくたびれたAさんとは、それ以来二人でお買い物に行くことはありませんでした。

 

娘というものを連れてお買い物をしてみたいというのは諦めて、

”娘へのプレゼントなんだけどぉ” とか言いながら、綺麗な売り子さんに品物を選んでもらう方へ変更となりました。

           洋服屋さんの店員のイラスト

 

Aさんは、大阪の裕福な商家のご出身で、11人兄弟の末っ子。

どんなにか甘やかされてお育ちになったのでしょう。

当時、還暦近くでしたのに、驚くほど純真で、というか無邪気な方で、それは生涯変わりませんでした。

あと、食べ物の好き嫌いが激しかったです。

 

”そんなに食べられないものばかりで、戦争中はどうしてたのっ!”

と、私が言うと、

”お父さんはね、パーサーだったから、戦争中もけっこう旨い物食べてたんだ!”

 

船のパーサーをなさっていたそうです。

 

そうそう、お父さん!と呼んでほしいというご希望がありました。

 

そこを ”お父さんと呼んでほしいんだ。”と言っちゃうあたりが無邪気なのです。

 

私は、生後半年で父を亡くしておりますし、実の娘のように接してくれるAさんをお父さんと呼ぶ事に抵抗はありませんでした。

 

ところが

 

社会勉強のため、銀座のクラブに何軒か連れていって頂いたのですが、そこのママさんやお姉さん方が

”お父さ~ん” って呼んでいるではありませんかっ!

 

なんか、あま~い呼び方。っていうか、なに!?それ!?感じワルっ。

            ほっぺを膨らませて怒る子供のイラスト(女の子)

 

”みんなにお父さんって呼ばれているんなら、なにも私がお父さんって呼ぶ意味ないよね!もうお父さんって呼ばない。”

 

”かってに呼ばれちゃってるだけだし、そんなこと言わないでよ。”

(オロオロ)

 

そして、Aさんの部下の方が言うには

”銀座に、Aさんをお父さんと呼んではいけないという戒厳令が出たよ。”

 

その後、銀座のお姉さん方はAさんのことを ”あ~ちゃまぁ~” と呼んでおられました。

 

母の店では、他のお客様もAさんのことを ”お父さん” というようになりました。

お名前までご存じのない方も、お父さんとして認識しておられました。

それは、お父さんが定年を迎えられて、あまりご来店なさらなくなった後も変わらず、

店を閉めるまで、母の店のお父さんはAさんお一人です。