朝、頂いたメモに<結婚の報告 4名様>とありました。
人数からして、どちらかのご両親にお相手を紹介するためのお食事会でしょう。
お店としては、もちろん、お祝いのセッティングとなります。
お箸は<寿>と金字でかかれた袋入りの柳箸。
お造りは鶴のお皿を使用し、お食事は鯛めしを用意しています。
入り口で、お客様のお出迎えをしていると、若い男性がいらっしゃいました。
”12時に予約した○○です。まだ時間前なのですが、部屋だけ見せて頂けますでしょうか”
ほほあん
”用意は出来ておりますので、ご案内できます”
男性
”いえ、外で両親を待つので、部屋だけ見せて下さい”
男性
”ええと、そっちが上座ですか?”
ほほあん
”さようでございます。奥になりますし、スカイツリーもご覧いただけますのでご両親様には、そちらをお勧めになってはいかがでしょう”
男性
”はい。わかりました。よろしくお願いいたします”
爽やかな印象です。
気を使っています。
何だか応援したくなりました。
ほほあん
”頑張って下さい”
男性
”ありがとうございます”
お相手の女性のご両親様がお着きになって、ご一緒にご来店です。
ところが
どどど、どうしよう!
お父様のお顔!
怖い!
怒ってる
ものすご~く、怒ってる
反対なんだわ
でも、ここまで来てくれた訳だし、、、
お飲み物を伺います。
救いは、とびきり明るいお母様の存在です。
お母様のご希望は、生ビールと白ワイン。
同時に持って来て良いとのこと。
たまに、ビールをチェイサー代わりにって方がいらっしゃいますけど、お母様はそのパターン?
お父様はウーロン茶
お婿さんもウーロン茶
お嬢様は、きよみジュース(きよみという名の蜜柑)
”きよみジュースはとても評判がよろしゅうございます”
明るい感じで言ってみました。
お父様は怖いお顔で固まっていらっしゃいます。
引き下がります。
お料理を運ぶ度に、お話が耳に入ります。
お父様
”別れるっていう話じゃなかったのかっ!別れたり、くっついたりどっちなんだっ!!”
なるほどぉ。
怒るには、それなりの理由がありますね。
お父様は、ただただお嬢様がご心配なんです。
黙って、お料理をお出しして、もどります。
この緊張感に一人では耐えられず、裏で先輩仲居さんに事情説明、というか、話を聞いてもらいます。
鯛めしを出すまでに、何とか少しでもお怒りを静めて頂かないと、鯛めしが出しづらいです。
お父さん、怒ってる、どうしよ、どうしよ
うろうろするほほあん。
板長
”鯛めし、まずいか?他の物にする?”
ほほあん
”う~ん、最悪の場合は、、、”
”緊張するわぁ~”の、私に
”味噌汁、こぼすなよ” (笑)
お造りは綺麗な鶴のお皿に盛られています。
いつもですと、お祝いの気持ちに気付いて頂きたくて
”お祝いのお席なので、鶴に盛らせていただいております”
なんて言うのですが、黙ってお出ししました。
何なら、鶴に気付かなくていいです。
今日のお造りは、中トロ、九絵、勘八
ーーーなんか、この勘八、鰤に見えるわ。
ーーーだいたい、勘八と鰤って似てるのよね。
ーーー違う違う、勘八、勘八
と、唱えていたのに、
ほほあん
”中トロと、こちらが九絵で、そしらが鰤でございます”
”あっすみません。勘八です。大変失礼致しました”
ーーーもうぉ~やだぁ~わたし
お母様が、すごく笑って下さいました。
重い空気の中、お一人で明るく頑張っていらしたお母様は、きっと笑いたかったのだと思います。
さらに、とんでもないことが判明しました。
実は、奥様がいらっしゃるこの男性と、恋に落ちたお嬢様。
問題は、そのあとです。
お嬢様と付き合い始めた男性なのに、奥様に子供が生まれた。
どゆこと!!!
子どもが生まれたばかりなのに、離婚して、このお嬢様と結婚するそうです。
男性の言い分は
元奥様は、子どもを欲しがっていた。
元奥様は、生活力もあるので、一人で子供を育てられるので、こちらには迷惑はかからない。離婚も納得している。
子どもにはこちらからは会いに行かない。ただし、子どもが会いたいと言ったら会う。
???
お父様のお怒りはもっともです。
頑固おやじなの?とか思ってごめんなさい。
お父様、気に入りませんよね。
当然です。
この先の事もご心配ですよね。
先ほど感じがいいと思った男性のお顔も、なんだか、にやけているように見えてきました。
でも、お嬢様は、とってもお幸せそうです。
お母様も、何とかお父様と、お婿さんを取り持とうとなさっています。
さて、鯛めしです。
尾頭付きの鯛がドンと乗った土鍋をお運びします。
ほほあん
”お父様!”
突然に、私に声を掛けられて、キョトンとなさるお父様
ほほあん
”大事な大事なお嬢様ではありますが、、、”
ーーーまずい。思ったままを口には出来ないし、頭がまとまらない内にしゃべり始めてしまいました。
見つめ合う、お父様とほほあん
ふぅ~
ほほあん
”ご結婚のご報告と伺っておりましたので、お祝いの気持ちで鯛めしを炊かせていただきました”
土鍋の蓋を開けると、お母様とお嬢様は”わぁ~”と歓声を上げて下さいました。
お母様は写真撮影。
これはいつもながらの光景です。
お父様は無口。
鯛をほぐすために、いったん板場に下げます。
いつもは、ほぐし終わった鯛めしを、お部屋に再び持って行って、お茶碗に盛るのですが、廊下でさせて頂きました。
他人が長居してはいけないように思いましたし、緊張の中でのお給仕は、私自身がつらいので。
土鍋に残った鯛めしは、お替わりして召し上がって頂きます。
お嬢様にお願いして下がりました。
お茶をお持ちすると、お父様は鯛めしを綺麗に召し上がって下さっていました。
お口に合ったようで良かったです。
ほほあん
”お父様、どうぞ、お替りして下さいませ。私がお給仕させて頂きます”
ーーー私がお父様に出来ることはこれくらいしかないんです。
他の方の事は考えないで、たくさん盛りました。
お帰りです。
お母様、お嬢様は笑顔で
”お世話になりました”とおっしゃって下さいました。
お父様
”ごちそう様”
ほほあん
”ありがとうございました”
心を込めて頭を下げました。
お父様!そして、何より、その場を和ませようと頑張られたお母様!
お疲れ様でございました。