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仲居さん日記66

朝、頂いたメモに<結婚の報告 4名様>とありました。

人数からして、どちらかのご両親にお相手を紹介するためのお食事会でしょう。

 

お店としては、もちろん、お祝いのセッティングとなります。

お箸は<寿>と金字でかかれた袋入りの柳箸。

お造りは鶴のお皿を使用し、お食事は鯛めしを用意しています。

 

入り口で、お客様のお出迎えをしていると、若い男性がいらっしゃいました。

”12時に予約した○○です。まだ時間前なのですが、部屋だけ見せて頂けますでしょうか”

 

ほほあん

”用意は出来ておりますので、ご案内できます”

 

男性

”いえ、外で両親を待つので、部屋だけ見せて下さい”

 

 

男性

”ええと、そっちが上座ですか?”

 

ほほあん

”さようでございます。奥になりますし、スカイツリーもご覧いただけますのでご両親様には、そちらをお勧めになってはいかがでしょう”

 

男性

”はい。わかりました。よろしくお願いいたします”

 

爽やかな印象です。

気を使っています。

何だか応援したくなりました。

 

ほほあん

”頑張って下さい”

 

男性

”ありがとうございます”

 

 

お相手の女性のご両親様がお着きになって、ご一緒にご来店です。

 

ところが

 

      怖くて腰が抜ける人のイラスト(女性)

 

どどど、どうしよう!

 

お父様のお顔!

怖い!

 

怒ってる

ものすご~く、怒ってる

 

反対なんだわ

でも、ここまで来てくれた訳だし、、、

 

お飲み物を伺います。

救いは、とびきり明るいお母様の存在です。

 

お母様のご希望は、生ビールと白ワイン。

同時に持って来て良いとのこと。

たまに、ビールをチェイサー代わりにって方がいらっしゃいますけど、お母様はそのパターン?

 

お父様はウーロン茶

お婿さんもウーロン茶

お嬢様は、きよみジュース(きよみという名の蜜柑)

 

”きよみジュースはとても評判がよろしゅうございます”

明るい感じで言ってみました。

 

お父様は怖いお顔で固まっていらっしゃいます。

 

引き下がります。

 

お料理を運ぶ度に、お話が耳に入ります。

 

お父様

”別れるっていう話じゃなかったのかっ!別れたり、くっついたりどっちなんだっ!!”

 

なるほどぉ。

怒るには、それなりの理由がありますね。

お父様は、ただただお嬢様がご心配なんです。

 

黙って、お料理をお出しして、もどります。

 

この緊張感に一人では耐えられず、裏で先輩仲居さんに事情説明、というか、話を聞いてもらいます。

鯛めしを出すまでに、何とか少しでもお怒りを静めて頂かないと、鯛めしが出しづらいです。

 

お父さん、怒ってる、どうしよ、どうしよ

うろうろするほほあん。

 

板長

”鯛めし、まずいか?他の物にする?”

 

ほほあん

”う~ん、最悪の場合は、、、”

 

”緊張するわぁ~”の、私に

”味噌汁、こぼすなよ” (笑)

 

 

お造りは綺麗な鶴のお皿に盛られています。

 

いつもですと、お祝いの気持ちに気付いて頂きたくて

”お祝いのお席なので、鶴に盛らせていただいております”

なんて言うのですが、黙ってお出ししました。

何なら、鶴に気付かなくていいです。

 

今日のお造りは、中トロ、九絵、勘八

ーーーなんか、この勘八、鰤に見えるわ。

ーーーだいたい、勘八と鰤って似てるのよね。

ーーー違う違う、勘八、勘八

と、唱えていたのに、

 

ほほあん

”中トロと、こちらが九絵で、そしらが鰤でございます”

”あっすみません。勘八です。大変失礼致しました”

 

ーーーもうぉ~やだぁ~わたし

 

お母様が、すごく笑って下さいました。

重い空気の中、お一人で明るく頑張っていらしたお母様は、きっと笑いたかったのだと思います。

 

 

さらに、とんでもないことが判明しました。

 

実は、奥様がいらっしゃるこの男性と、恋に落ちたお嬢様。

 

問題は、そのあとです。

お嬢様と付き合い始めた男性なのに、奥様に子供が生まれた。

 

どゆこと!!!

 

子どもが生まれたばかりなのに、離婚して、このお嬢様と結婚するそうです。

 

男性の言い分は

元奥様は、子どもを欲しがっていた。

元奥様は、生活力もあるので、一人で子供を育てられるので、こちらには迷惑はかからない。離婚も納得している。

子どもにはこちらからは会いに行かない。ただし、子どもが会いたいと言ったら会う。

 

???

 

お父様のお怒りはもっともです。

頑固おやじなの?とか思ってごめんなさい。

 

お父様、気に入りませんよね。

当然です。

この先の事もご心配ですよね。

 

先ほど感じがいいと思った男性のお顔も、なんだか、にやけているように見えてきました。

 

でも、お嬢様は、とってもお幸せそうです。

お母様も、何とかお父様と、お婿さんを取り持とうとなさっています。

 

 

さて、鯛めしです。

尾頭付きの鯛がドンと乗った土鍋をお運びします。

 

ほほあん

”お父様!”

 

突然に、私に声を掛けられて、キョトンとなさるお父様

 

ほほあん

”大事な大事なお嬢様ではありますが、、、”

 

ーーーまずい。思ったままを口には出来ないし、頭がまとまらない内にしゃべり始めてしまいました。

 

見つめ合う、お父様とほほあん

 

ふぅ~

 

ほほあん

”ご結婚のご報告と伺っておりましたので、お祝いの気持ちで鯛めしを炊かせていただきました”

      鯛めしのイラスト

 

土鍋の蓋を開けると、お母様とお嬢様は”わぁ~”と歓声を上げて下さいました。

お母様は写真撮影。

 

これはいつもながらの光景です。

お父様は無口。

 

鯛をほぐすために、いったん板場に下げます。

 

いつもは、ほぐし終わった鯛めしを、お部屋に再び持って行って、お茶碗に盛るのですが、廊下でさせて頂きました。

他人が長居してはいけないように思いましたし、緊張の中でのお給仕は、私自身がつらいので。

 

土鍋に残った鯛めしは、お替わりして召し上がって頂きます。

お嬢様にお願いして下がりました。

 

お茶をお持ちすると、お父様は鯛めしを綺麗に召し上がって下さっていました。

お口に合ったようで良かったです。

 

ほほあん

”お父様、どうぞ、お替りして下さいませ。私がお給仕させて頂きます”

 

ーーー私がお父様に出来ることはこれくらいしかないんです。

 

他の方の事は考えないで、たくさん盛りました。

 

 

お帰りです。

 

お母様、お嬢様は笑顔で

”お世話になりました”とおっしゃって下さいました。

 

お父様

”ごちそう様”

 

ほほあん

”ありがとうございました”

 

心を込めて頭を下げました。

 

お父様!そして、何より、その場を和ませようと頑張られたお母様!

お疲れ様でございました。